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卒業式式辞 #校長室

 希望に満ちた春の巡りを感じる桜や欅の芽の膨らみが、今朝だけは、別れを惜しむ遣らずの雨に濡れています。
 本日、この日に、県議会議長様、父母と教師の会会長様、同窓会副会長様をはじめとする多くの皆様のご臨席を賜り、第四十二回卒業証書授与式を挙行できますことは、卒業生はもとより、私たち教職員及び在校生にとって大きな喜びであります。
 また、お子様を育み支えてこられた保護者の皆様に対し、これまで私どもが賜りましたご理解とご協力に深く感謝を申し上げるとともに、あらためてお子様のご卒業をお喜び申し上げます。
 そして、入学以来、校訓「創造」「協調」「躍進」のもと、勉学に励み、卒業証書を手にした二百三十二名の卒業生に、心からお祝いを申し上げます。
 さて、本年元旦、能登半島地震が発生しました。建物が倒壊する土煙があちこちから上がるライブ映像が流れ、程なく、倒壊した建物に閉じ込められたと救助を求めるデマがSNSに相次ぎ、瞬く間にネット上に拡散し、救援・救助に混乱を招きました。
 情報で世界を網羅し、情報によって世界をクリアに見せてくれるはずの、
君たちが持つデバイスは、いまや真偽不明の投稿やデマにあふれ、かえって世界を混沌とさせ、不確実なものと感じさせています。
 昨年十月には、ガザ地区でイスラエルとハマスによる戦闘が始まりました。家族を人質に取られたと訴える人々の映像や、土埃にまみれぐったりとした幼子を抱きかかえ、病院へ駆け込む人々の映像がSNSにあふれ、そのような映像を背景に、どちらの陣営も自らの正義を訴え続けています。
 映像が一瞬にして世界中に広まり、誰もが等しく真実に触れることができるはずのネット社会は、今や真実を扱うそれぞれの思惑に左右され、正義という価値観でさえ多様化するほど、複雑で曖昧な社会を形成しています。
 不確かな情報や、真実を切り取っただけの映像に囲まれる奥行きのない世界で、君たちはいかに生きていけばよいのか。
 その答えの一つが、「状況を理解する力」、わかりやすくいえば「実感する力」であると、私は考えています。
 例えば、今、君たちのいるこの体育館は、東日本大震災とそれに続く原子力災害の折、数百名にも及ぶ被災者を受け入れた避難所でありました。君たちは、この体育館の床の冷たさを「実感」するとき、能登の人々の日々の生活を、単なる被災地の情報としてではなく、冷たさや寒さという現実感を伴ってまるで、君たち自身のことのように思いやることができるでしょう。
 修学旅行で訪れた広島で、戦争による究極の惨状と市民の犠牲を「実感」した君たちは、正義の名のもとに犠牲になるイスラエルやガザの市民の姿を、切り取られた単なる戦場の映像としてではなく、苦しみや悲しみという
現実感を伴って、まるで、君たち自身のことのように捉えることができるに違いありません。
 この「実感する力」は、私が冒頭に申し上げた「創造」「協調」「躍進」の三つの校訓のもとでの、君たちの学びの中にもありました。
 例えば、コロナ禍により中止、公開、非公開と、それぞれ前例のない
対応とならざるを得なかった文化祭において、君たちが置かれた状況を理解し、新しい開催方法を創り上げたことは、「創造」の「実感」です。
 議案を真剣に検討し、議論を重ねた生徒総会において、君たちが互いの立場を尊重しつつ、ひとつの結論を導き出したことは、「協調」の「実感」です。
 入学以来、君たちが勉学にも課外活動にもたゆまぬ努力を続けてきたこと、そのものが「躍進」の「実感」です。
 さかのぼれば、四十年以上も前、プレハブ校舎数棟で開校した本校において、学びを深めた当時の高校生は、石拾いや土運びでグラウンドを整備し、
文字通り学校を「創造」し、青空のもと、中庭で開かれた生徒総会で、自由闊達な議論を重ね、「協調」の精神を養いました。
 まさに校訓を「実感」しながら成長した彼らは、今や、政治・経済・文化の多方面において、行政、医療、教育などのさまざまな分野において、「躍進」を続けています。
 彼らと同様に、校訓の「実感」の中に高校時代を過ごした四十二期の君たちは、その「実感」をもって、不透明で予測困難なこれからの時代を生き抜くことができると、私は信じています。
 なぜなら、表面的な情報、切り取られた映像で構成される、まるで風船の薄い膜のような不確実なこの世界を突き破り、新たな視点、新たな価値を「創造」することができるのは、「実感」する君たちであるからです。
 それぞれの思惑、単一の価値観で標準化、平均化される曖昧な社会の、
その群れを抜け出し、多様な価値観の「協調」の中に、正義や平和を見いだすことができるのは、「実感」する君たちであるからです。
 状況を理解し、世界を「実感」できる四十二期の君たちが「躍進」し続ける未来に、期待と信頼を込めて、式辞といたします。

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